2024年7月訪問

北海道音更町の交通公園で保存されている48624。
48624の車歴は…
- 1921年6月 川崎造船にて新製、東京局のどこかに配置
- 1931年1月現在 名寄庫
- 1932年9月 名寄庫→釧路庫(のちの釧路区)
- 1943年3月 釧路区→池田区
- 1947年12月現在 池田区帯広支区
- 1955年4月 池田区帯広支区→池田区
- 1957年11月現在 池田区帯広支区(のちの帯広管理所)
- 1961年5月 帯広管理所→釧路区
- 1962年9月 釧路区→帯広管理所
- 1964年8月 廃車
車歴はこちらから↓
48624 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!
長らく北海道で活躍してきた機関車であるが、新製直後には東京局に配属されており、1923年の関東大震災のときに上野駅で被災している。末期には士幌線など帯広近辺で活躍していた。廃車後は国鉄釧路工場で教習用教材として活用され、車体各所がカットされている。1989年頃には士幌線音更駅跡である当地に移設、保存されている。

前照灯はLP403を使用している。連結器左右の端梁には、バッファーを取り付けていた穴が残っている。

釧路工場で教習用として使用されていたため、各部がカットされ内部構造が分かるようになっている。

煙室内。ペチコートや主蒸気管に過熱管寄、煙管出口にある反射板の様子などが見える。煙突はオリジナルの化粧煙突を装備している。

シリンダー周辺。蒸気室内のピストン弁、シリンダー内のピストン、シリンダ空気弁の内部の様子などが分かる。シリンダーには製造年などが表示されている。

蒸気ドーム内の加減弁や、ボイラー内部の小・大煙管、過熱管、インゼクターや各機器への蒸気管が見える。
加減弁周囲には小穴の開いた板(水除板)が設けられているのも見える。水除板は、缶水が各蒸気管へ混入する(ウォーターハンマーなどの原因になる)のを防ぐために設けられている。

ボイラーの火室周辺。火室周辺のボイラーを補強する各種控の様子が分かる。火室上部を通る2本の管は、機関士・助士各側のインゼクターからの給水配管、もしくはインゼクターへの蒸気管だろう。

運転室窓には、バタフライスクリーンが取り付けられていた跡が残っている。

中間連結棒はカットされており、中間緩衝器も撤去されている様子。緩衝器受と緩衝器座は、それぞれテンダーとエンジン側に残っている。

テンダーは450立方呎を使用しており、炭庫には増炭囲いが設けられている。

後照灯は見当たらないが、廃車時期からして元々付いて無かったのではないかと思われる。端梁には、前部同様にバッファーの取り付け穴が残る。

水槽内に太い配管が通っているが、おそらく空気圧縮機の排気蒸気を利用した暖房だと思われる。一般的には、水槽の水は冷たいほうがインゼクターで送水しやすいとされているが、北海道の極寒ではそれを通り越して凍ってしまうのだろう。

助士側にはカット部分は無く、オリジナルの状態となっている。機関士側はカットされていて分からなかったが、デフレクターには扉付きのバイパス弁点検窓が取り付けられていることが分かる。
場所はこちら
2025年8月24日編集
記事を読みましたらバナーのタップもよろしくお願いいたします🙇

