2025年11月訪問

栃木県真岡市のキューロク館で保存されている49671。
49671の車歴は…
- 1920年11月 川崎造船にて新製、札幌局のどこかに配置
- 1920年12月 札幌局のどこか→黒松内庫
- 1927年7月 黒松内庫→岩見沢庫(のちの岩見沢区)
- 1944年4月 岩見沢区→五稜郭区
- 1968年10月 五稜郭区→北見区
- 1975年6月 北見区→滝川区
- 1976年3月 廃車
車歴はこちらから↓
49671 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!
製造当初より北海道で活躍してきた機関車である。五稜郭区時代は入換専用機として使用されており、五稜郭駅より分岐していた有川埠頭への貨物線の列車牽引や航送の入換なども行っていた。この時代に運転台を右側へ移設しているが、有川埠頭への右カーブが非常にキツく前方視認性が悪かったことによるためのようだ。
廃車後は栃木県真岡市の井頭公園で保存されていたが、2013年に真岡駅構内のキューロク館へ移設されている。また圧力空気による自走が可能である。

前照灯はLP42を使用している。前面デッキには、北海道の9600形式で多く見られる大型の手すりが増設されている。入換専用機であったことから、端梁はゼブラ塗装となっていた。

煙突は化粧煙突を使用、現役時代は皿型の回転式火の粉止めも装備していた。空気圧縮機の消音器は煙突後ろに設けられている。保存当初より北海道でよく見られる切り詰められたデフレクターを取り付けていたが、現役時代はデフレクターは無かった。

右側(機関士側)のステップは、スリットがある大型のものに交換されている。

左側(助士側)のステップは原型に近いが、下段は縞鋼板では無いのが特徴的である。現役時代からのものなのかは不明。

1960年代末に運転台を右側に移設しているため、逆転機も右側に移設されている。

動力式逆転機はアルコ式を使用している。

空気圧縮機による動態保存に際して、ボイラー洗口栓に圧力空気の配管が繋がれている。

右側のランボード下には、バイパス弁を動作させるためのシリンダーが設けられている。元々は手動だったものを、運転台移設時に圧力空気で動作させるタイプに改造したものと推定される。

運転室の機関士側には旋回窓が設けられている。側面窓にはバタフライスクリーンを設けていたと思われる。

テンダーの梯子は、本来の左側から右側に移設されている。五稜郭区時代には入換専用機として使用されており、そのためテンダー後部はゼブラ塗装が廃車時まで施されていた。

左側のステップは拡大する改造が施されているが、右側(機関士側)についても大型化の上にスリットと滑り止めのあるステップに交換されている。

現役時代は後照灯としてLP42を、また増炭囲い設けていたが、現在は失われている。テンダーの炭庫部分には、動態保存のために使用するコンプレッサーを載せている。

運転室助士側。バタフライスクリーンが設けられていたが、保存時に失われているようだ。

空気圧縮機周り。蒸気の排気管は、消音器へ行く側とテンダー水槽へ行く側に分岐している。北海道の機関車では、テンダーの水槽の保温に空気圧縮機の排気蒸気を使用している。


運転室内。本来助士席がある方に運転台が移設されている。

自弁は火室側、単弁は窓際に移設されている。

運転席足元にはシリンダードレン弁の操作ハンドルが設けられている。

火室内。アーチ管と耐火レンガも見える。

助士側。元々はこちらに運転台があった。
場所はこちら
2025年12月5日編集
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