2024年2月訪問
鹿児島県霧島市の城山公園で保存されているC61 19。
C61 19の車歴は⋯
- 1944年8月 三菱重工業にてD51 1027として新製、新鶴見区に配置
- 1949年7月 三菱重工業にてC61 19へ改造、尾久区に配置
- 1949年12月 尾久区→平区
- 1950年8月 平区→尾久区
- 1954年10月 尾久区→白河区
- 1958年5月 白河区→盛岡区
- 1958年10月 盛岡区→仙台区(のちの仙台運転所)
- 1966年12月 仙台運転所→青森区
- 1971年9月 青森区→宮崎区
- 1973年11月 廃車
車歴はこちらから↓
d511027 機関車データベース (形式d51) - デゴイチよく走る!
c6119 機関車データベース (形式c61) - デゴイチよく走る!
C61形式に改造されてからは、主に東北地方で活躍してきた機関車である。奥羽本線電化まで持たせるために比較的末期に全般検査を受けたため、検査周期に余裕のあった当機は晩年に日豊本線でも活躍したようだ。廃車後は隼人駅構内に4年ほど置かれたあと、当地へ搬入され保存されている。
前照灯にはLP403を装備していたが、近年落下してしまったため公園の事務所で保管されているようだ。また青森区時代には副灯を取り付けていたが、宮崎区に転属した際に外されたようである。晩年まで台座は残っていたものの、保存に際して外されたようだ。煙室戸ハンドルが失われているなど、経年の劣化が目立つ。
デフレクターのバイパス弁点検窓は、縁有りで角が大きめのRであることから、恐らく郡山工場で施工されたものだろう。蒸気ドーム前の足場には手すりが増設されており、これも郡山工場で施工されたと思われる形状をしている。デフレクター前方には誘導員が掴まるための手すり棒が取り付けられているが、これは宮崎区時代に取り付けたもので、それ以前はデフレクターに直接取り付けられたものだった。
シリンダー空気弁上下のケーシングは、平板で補修されたと思われる跡が見受けられる。
助士側前方には150Lタンクの理研式清缶剤送入装置を装備している。C61は2軸従台車のLT253が特徴的である。
運転室助士側下部には動力火格子揺り装置が装備されている。
テンダーには船底テンダーの10-17Sを使用している。後照灯はLP403を取り付けているが、実際には晩年はLP42を装備していたようだ。テンダーへ上がるための梯子は、上部の方に平板を加工した手すりが増設されている。また東北地方の機関車特有の装備として、後方右端に溢れ止め管が取り付けられている。
空気圧縮機上のランボードが撤去されているが、これは宮崎区に転属された後にこのような姿になったようだ。運転室下には自動給炭機が装備されている。自動給炭機とともにC61の特徴である近代的な装備である。
C61形式の他の保存機は、京都鉄道博物館で動態保存されている2号機と汽車倶楽部で保存されている18号機、JR東日本の20号機があるが、19号機のみ唯一一般の公園で保存されている機体となっている。
場所はこちら
2025年6月27日編集