2025年9月訪問

秋田県秋田市の大森山公園で保存されているD51 232。
D51 232の車歴は…
- 1938年12月 鉄道省土崎工場にて新製、青森区に配置
- 1943年1月 青森区→弘前区
- 1967年3月 弘前区→秋田区
- 1970年11月 秋田区→青森区
- 1971年6月 廃車
車歴はこちらから↓
D51232 機関車データベース (形式D51) - デゴイチよく走る!
車歴から見ての通り、奥羽本線や羽越本線を中心に活躍してきた機関車である。1967年に土崎工場でギースル・エジェクターを取り付けている。廃車後は所々をオリジナルの形態に復元した上で、当地で保存されている。

前照灯はLP42を装備している。現役時代には副灯としてLP405も装備していたが、保存に際して撤去されたようだ。煙室戸ハンドルは十字の取手のものを取り付けている。煙室戸下にはシンダー除け(エプロン)を設けている。デッキ左右のステップは撤去されているが、恐らくランボード上に登れないようにするための措置であろう。

デフレクターにはバイパス弁点検窓が設けられていたが、保存に際して埋められオリジナルの形態に復元されている。シリンダーのケーシングは、バイパス弁点検蓋なども無いのっぺりとした形態になっているが、これは保存後の修繕で鋼板を張り替えたものと思われる。

煙突は普通のパイプ煙突であるが、現役当時はギースル・エジェクター機特有の長円形のものを有していた。

助士側前面窓にも旋回窓が取り付けられている。助士側前方には100Lタンクの理研式清缶剤送入装置を設けていたが、保存に際して外されたようだ。

運転室屋根は後方に延長されている。羽越本線や信越本線など、日本海縦貫線を走る機関車に多く施された改造である。

テンダーの梯子は左右に持ち手を増設している。ナンバープレート右には溢れ止め管も取り付けており、いずれも土崎工場受け持ち機に見られる改造である。現役当時はテンダー上に3000Lの重油タンクを設けていたが、保存に際して外されたようである。

テンダー床下に設けられているATS-Sの車上子は撤去されている。

機関士側と助士側でステップの形状が異なっている。

運転室機関士側。土崎工場の製造銘板が残る。

機関士側の前面窓は五角形のものを取り付けている。土崎工場受け持ち機の一部に見られる特徴である。

空気圧縮機周り。
場所はこちら
2025年9月14日編集
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