2025年7月訪問

長野県辰野町の荒神山スポーツ公園で保存されているD51 59。
D51 59の車歴は⋯
- 1937年8月 川崎車輌にて新製、追分区に配置
- 1947年4月 追分区→一ノ関区
- 1947年9月 一ノ関区→追分区
- 1961年9月 追分区→金沢区
- 1962年6月 金沢区→追分区
- 1968年2月 追分区→小樽築港区
- 1973年10月 小樽築港区→北見区
- 1973年11月 北見区→岩見沢第一区
- 1976年3月 廃車
車歴はこちらから↓
D5159 機関車データベース (形式D51) - デゴイチよく走る!
新製から廃車までほとんどを北海道で過ごしてきた機関車である。主に函館本線や室蘭本線、夕張線で活躍した。D51形式の1次形では、もっとも遅くまで活躍した機関車のうちの1両でもある。廃車後は当地で保存されている。

前照灯はLP403を、副灯にはシールドビームのLP405を用いている。煙室戸ハンドルはボックスタイプのものを使用、煙室戸下にはシンダー除け(エプロン)が設けられている。デッキ右側には、北海道の機関車特有の改造としてコの字の手すりが取り付けられている。

雪かき器も取り付けられたまま保存されている。端梁との間のステー形状が、多くの機関車ではL字鋼を折り曲げたものを使用しているのに対し、59号機では折り曲げていない状態で使用している。

煙突には回転式火の粉止めを備える。デフレクターにはバイパス弁点検窓が設けられており、長方形で縁が無い形状から苗穂工場で施工されたものと思われる。またデフレクター前方は、誘導員が乗るスペースを確保するため切り詰められている。

第4動輪からは記録式速度計の検出配管が運転室助士側まで伸びている。記録式速度計は、北海道や長野の機関車で多く取り付けられていた装置である。また助士席前面窓がHゴム支持になっているのも、北海道の機関車でよく見られる特徴となる。

助士席窓には、バタフライスクリーンを取り付けていた跡が残っている。ナンバープレート後方には、苗穂工場で取り付けられたと思われるタブレットキャッチャーが取り付けられている。59号機は長らく北海道にいた機関車であるが、運転室の密閉化改造は施されていない。

テンダーへ上がる梯子には手すりが増設されている。またその下のステップは拡大されている。

後照灯は炭庫と水取り入れ口の仕切り板へ移設されている。おそらくLP42を使用しているものと思われる。

運転室側の側窓にもバタフライスクリーンが取り付けられていた跡が残る。また前方窓には旋回窓も取り付けられている。
ナンバープレート後方には苗穂工場施工のタブレットキャッチャーが取り付けられているが、こちら側は展開された状態になっている。
分配弁には飯盒形のカバーが設けられており、これも北海道の機関車特有のものである。

速度計は第4動輪より速度を検出している。ランボード脇を通る配管は、空気圧縮機の排気管から分岐した炭水車水槽の暖房管。

1次形のナメクジ型ドーム。
場所はこちら
2025年8月19日編集
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