2026年6月訪問

東京都北区の飛鳥山公園で保存されているD51 853。
D51 853の車歴は⋯
- 1943年8月 鷹取工機部にて新製、吹田区に配置
- 1946年1月 吹田区→梅小路区
- 1946年5月 梅小路区→姫路第一区
- 1948年9月 姫路第一区→長岡第一区
- 1967年6月 長岡第一区→酒田区
- 1972年6月 廃車
車歴はこちらから↓
D51853 機関車データベース (形式D51) - デゴイチよく走る!
いわゆる準戦時型に属するD51である。主に信越本線や羽越本線といった日本海縦貫線で、長らく活躍した。廃車後は大宮工場で整備を行った後、当地で保存されている。

前照灯はLP403を使用、煙室戸ハンドルは十字ハンドルのものを使用している。

デフレクターにはバイパス弁点検蓋が設けられており、長方形で縁有りの形状から長野工場で施工されたものと推定される。またその下側にも長野工場受け持ち機でみられるバイパス弁点検蓋が増設されている。

デフレクター上部後側のステーが独特の形状をしている。いわゆる長工デフを装備していた機関車で多く見られる形状。現役時代煙突には回転式火の粉止めを装備しており、現在もその取り付け金具が残っている。

蒸気ドームは準戦時型・戦時型の特徴であるカマボコ型となっている。その前方の踏台には手すりが増設されている。ボイラー安全弁は皇室下賜の青銅製花瓶を使用して作られたもので、物資の不足していた製造当時を象徴するものと思われる。

運転室助士側前方には150Lタンクの鷹取式清缶剤送入装置が設けられている。助士席前方窓には旋回窓が設けられていたが、現在は残っていない。

運転室屋根は後方へ大きく延長されている。羽越本線や信越本線など、日本海側をを走る機関車で多く見られた改造。

テンダーは元々準戦時型の角張った形状をしていたが、後に現在の形状へ改修されている。しかし端部の切欠きの大きさに当時の名残が残っている。また現役時代は炭庫に増炭囲いが設けられていた。1963年にはテンダー上に1500Lの重油タンクを増設したが、保存に際して撤去されたようだ。

後照灯はLP42を使用している。テンダーへ上がる梯子は、信越地区でよく見られる左右に手すりを増設したタイプとなっている。ナンバープレート右側には、東北地方の機関車に多く設けられていた溢れ止め管の痕跡が残る。

機関士側前方窓にも旋回窓が設けられていたが、こちらも撤去されている。火室下の側風戸は、運転室から操作できるように改造されている。

ボイラー機関士側。製造当初は主連棒ビッグエンドの形状は楔が無い丸型であったが、後に楔のある角型へ交換されている。

機関士側のデフレクターにもバイパス弁点検窓が設けられているが、助士側とは形状が異なる。縁有りで角にRが設けられており、土崎工場による施工と思われる。1967年頃はまだ長野工場タイプの点検窓が設けられており、その後事故等でデフレクター交換が発生し、左右異なる形状になったものと推定される。

運転室内。

運転室の出入は自由であるが、部品等の欠損は思ったより少ない。窓ガラスはほとんど撤去され、アクリル板などに交換されている。

運転室より見たテンダー。妻側左右の増炭囲いは、子供が炭庫へ入れないように嵩上げされていると思われる。
場所はこちら
2026年7月12日編集
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