2025年9月訪問

静岡県沼津市の高沢公園で保存されているD52 136。
D52 136の車歴は…
- 1944年8月 汽車製造にて新製、稲沢区(のちの稲沢第一区)に配置
- 1953年11月 稲沢第一区→吹田区(のちの吹田第一区)
- 1956年11月 吹田第一区→姫路第一区
- 1960年10月 姫路第一区→五稜郭区
- 1973年5月 廃車
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D52136 機関車データベース (形式D52) - デゴイチよく走る!
東海道本線や山陽本線、晩年は函館本線で活躍した機関車である。廃車後は、D52形式ゆかりの御殿場線が分岐する、沼津駅近くの当地で保存されている。

前照灯はLP403を使用している。
雪かき器の形状は、ステーも含め北海道で標準的に見られるものである。
デッキへ上がるステップは、下段のみ大型化されている。他形式で見られるデフレクターの切り詰めと同様、積雪時に誘導員が乗ることを配慮した改造と思われる。

煙室戸下には、北海道でよく見られる取付方法のシンダー除け(エプロン)が設けられている。前面に大きく出っ張ったデッキが特徴的である。

デフレクターはオリジナルの形状。シリンダーが後ろ寄りなため、バイパス弁点検窓もそれほど必要ではない。

蒸気ドームへ上るための短い梯子が設けられているのが特徴的である。鷹取式集煙装置を装備していた関係で、本来の上昇ステップや足場を撤去したため、別途で梯子を設けたようだ。なお、ステップや足場は集煙装置撤去後に復元されているが、梯子の方はそのまま残されている。

ボイラー機関士側。空気圧縮機の排気管からは、テンダーの水槽保温に使用するための蒸気配管が分岐している。これは北海道特有の改造である。
主連棒のビッグエンドはD52形式では標準の丸型ではなく、角型の楔付きのものに交換されている。元々製作の簡易化や軽量化のために丸型を採用していたが、戦後に整備面で有利な角型に交換されているものは珍しい。

運転室は五稜郭区転属後に密閉化改造がされている。機関士側前面窓には旋回窓を設けているが、これは鷹取工場で施工されたものである。ブレーキの分配弁は、北海道では標準的な飯盒型のカバーで覆われている。

運転室下には自動給炭装置を設けている。1953年の戦時型装備の改装に伴い、自動給炭装置を備えていた別のD52形式のテンダーと振替えている。

テンダーの車輪は、2軸目のみボックスタイプのものを使用している。後照灯はLP403を使用、炭庫と水取り入れ口仕切り板へ移設されており、さらに庇も備えた北海道仕様である。

テンダーは戦時型特有の船底テンダー。現役時代は増炭囲いも装備していた。機関士側のステップは下段が大型化されている。

助士席前方窓にも旋回窓を備えている。五稜郭区転属後に苗穂工場で取り付けられたもので、出窓のような構造になっている。床下には動力式火格子揺すり装置を設けている。

第4動輪から助士席に向かって、記録式速度計の検出線が伸びている。元々は清缶剤送入装置を助士席前方に設けていたが、北海道に渡った際に撤去されたものと思われる。

近隣の御殿場線がD52形式の牙城であったため、沼津で保存されることになったと思われるが、御殿場線(国府津区)のD52形式とは砂管の配置が異っている。136号機は従来のD52形式と同様に第1〜3動輪前方に設けているが、御殿場線(国府津区)の70号機や72号機などではバック運転の運用があった都合、第2・3動輪前方と第3動輪後方に設けていた。

先述した鷹取式集煙装置は、断面の小さい東海道本線の逢坂山トンネルや東山トンネルを通過する対策で設けられたようだ。ボイラーが大きく、煙突と蒸気ドームの間隔も狭いため、かなり密な機器配置になったことだろう。
場所はこちら
2025年12月2日編集
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