2020年2月訪問

加悦SL広場で保存されている加悦鉄道キハ08 3。
加悦鉄道キハ08 3の車歴は…
- 1922年 汽車製造にてナハ24972として新製
- 1928年 ナハ22459に改番
- 1955年7月 盛岡工場にて鋼体化改造、オハ62 130に改番
- 1962年3月 苗穂工場にてキハ40 3に改造、釧路区に配置
- 1966年12月 キハ08 3に改番
- 1971年8月 廃車、加悦鉄道に譲渡
- 1985年5月 加悦鉄道廃止に伴い廃車
言わずと知れた、客車を気動車に改造した車両である。オハ62 130はオハ62形式のラストナンバーでもあった。
キハ40(初代)形式に改造後は、根室本線の釧路〜根室で主に使用された。これは車重の重さにより、勾配区間での使用が控えられていたためである。加悦鉄道後は主力車両として重宝された。加悦鉄道廃止後は加悦SL広場で保存、イートインスペースなどとして開放されていたようだ。

種車のオハ62のデッキ部分に運転室を設けた、非常に特徴的な見た目をしている。
客車扉上部の雨どいは落失している。雨どいは木製なうえに腐食しやすい箇所でもあるため、旧型客車の静態・動態保存問わず管理に苦労している場所でもある。加悦鉄道の車両限界では、屋根上のベンチレーターや雨どいはハミ出ていたが、特別な許可を得て使用していたそうだ。

ディーゼルエンジンには、キハ81系やキハ58系などでも使用されたDMH17Hを使用している。

多くの国鉄型気動車と同様に、液体変速機は振興造機製のTC2Aを用いている。

第2軸は動軸になるため、逆転機が取り付けられている。

推進軸は車軸側の自在継手のところで断ち切られている。

動台車となる、札幌泰和車輌製のDT22A。DT22をもとに、工作の容易化と低価格を図って設計されたもの。

エンジンの反対側には補機軸が伸びており、冷却水を冷やすための送風機を回している。

機関予熱器の機器箱など。裏のグレーの箱はラジエーターと思われる。

燃料タンクや付加空気ダメ。

従台車はTR51Aを使用している。

運転室の後ろは便所と化粧室であった(写真こちら側は化粧室)。加悦鉄道譲渡の際に郵便荷物室に改造されている。

連結器は客車時代のオリジナルのものではなく、気動車改造時に密着小型自動連結器に交換されている。雪かき器は、釧路区時代の複線型のものをそのまま取り付けている。

日本国有鉄道の銘板、そしてオハ62に改造されたときの盛岡工場の銘板が残る。

助士側にはキハ40に改造された際の苗穂工場の銘板が残る。
加悦SL広場閉館後も園内に置かれたままであるが、譲渡先については既に決まっているようである。
2025年8月18日編集
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