2025年8月訪問

山梨県鳴沢村の河口湖自動車博物館で保存されている三井埠頭3号。
三井埠頭3号の車歴は…
- 1924年3月 鶴見臨港鉄道の301としてドイツのオーレンシュタイン・コッペル社で新製
- 1943年7月 国有化、高島区浜川崎支区(のちの横浜区浜川崎支区)に配置
- 1947年3月 1190に改番
- 1949年3月 廃車
- 1950年2月 川崎埠頭に譲渡、2号に改番
- 1952年4月 三井埠頭に社名を変更
- 1968年10月 廃車
車歴はこちらから↓
1190 機関車データベース (形式1190) - デゴイチよく走る!
鶴見臨港鉄道→国鉄→三井埠頭と渡り歩いた機関車である。
国有化後は入換専用機としての使用が中心であったようだが、奥多摩電気鉄道(のちの青梅線御嶽〜氷川)や銚子電気鉄道にも貸し出されて使用されていた。奥多摩電気鉄道では線路建設、銚子電気鉄道では空襲被害後の運行再開のために用いられた。
国鉄で廃車になった後は、鶴見線扇町にあった三井埠頭の専用線で使用された。三井埠頭でも廃車になった後は富士急ハイランドで保存されていたが、河口湖自動車博物館開館に伴い移設、当地で保存されている。河口湖自動車博物館は毎年8月しか開館しないため、年に1カ月しか見ることのできない保存車として有名になっている。

前照灯はLP42と思われる物を使用している。煙突には回転式火の粉止めか、もしくは火の粉の飛散を緩和させる金網のようなものが載る。

サイドタンクの中央付近には、製造銘板が取り付けられていたと思われる丸い跡が残る。運転室窓の下に四角い板が貼られているが、現役時代の写真を見るとこれはナンバープレートだったようだ。ナンバープレートは板に手書きされたものと思われ、上から塗り潰されてしまったように思われる。
主動輪を第3動輪としているため、小ぶりな車体ながら長い主連棒と偏心棒を備えている。小ぶりと言っても、国内のコッペル社製機関車では大型の部類に入る。

左右の丸窓、中央の観音開きの窓が特徴的である。現役時代は、屋根上にLP42のような後照灯を取り付けていた時期もあるようだ。また観音開き窓下の炭庫にはナンバープレート、もしくは手書きナンバーがあったが、現在は失われている。
場所はこちら
2025年8月26日編集
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